2011年11月27日日曜日

ヴァレリーアファナシエフ来日公演


 11月18日、浜離宮朝日ホールのヴァレリー・アファナシエフリサイタルに行った。アファナシエフは大好きなアーティストの一人。でも、リサイタルを聞くのは今回が初めて。フランツ・リスト生誕200年にあたる今年、アファナシエフの選んだ今夜の演奏テーマは(リストとその時代へのオマージュ「葬送」)。開演時間の19時、ホールの照明が落とされると、全身黒づくめのアファナシエフが姿をあらわした。軽く一礼したかと思うと、拍手が鳴り止まぬうちにベートーヴェン「バカテル ト短調」が鳴りだした。リスト「4つの小品」のエレジー、そしてドビュッシー「前奏曲集」が続く。「沈める寺」の透徹とした音色。鍵盤の遥か上をアファナシエフの大きな手が弧を描く。まるで妖艶な踊りのように。
 後半のプログラムは、ベートーヴェン、ショパン、ワーグナー/リスト、そしてリスト。重畳と幾重にも連なる果てしのない山脈のように続く葬送の行進。これぞアファナシエフ。ショパン・ピアノソナタ第2番葬送第3楽章変ロ短調。スローテンポ。pからffへ、しだいに大きくなる4拍子の行進、その重苦しさ。そしてリスト。詩的で宗教的な調べより「葬送」。静と動の波が交互に訪れて、ぼくの緊張は頂点に達した。最後のコーダでは鋼鉄フレームの残響音がいつまでも続き、微かに聞こえる葬送の行進が、とうとうはるか彼方へ去っていった。
 アンコールのリクエストはかなわなかったけれど、今夜のリサイタルは深い瞑想の90分だった。これがアファナシエフの芸術なのだろうか。演奏後の長蛇の列をつくったサイン会で、最新刊『天空の沈黙』と、たまたま持ってきていたボロボロの楽譜=ベートーヴェンピアノソナタ作品110ヘレン版の表紙にサインをいただいた。ステージではぶっきらぼうな印象のアファナシエフはずっと笑顔でサインに応じていた。そうえば、アファナシエフは鎌倉や京都が大のお気に入りらしい。
 生誕200年のリストイヤーだが、ぼくはこれまでリストの曲をあまり聞いてこなかった。ピアノを弾く自分にとってリストの曲は難しいというイメージがつきまとうし、それを乗り越えてぜひ弾いてみたいという曲もあまりない。しかし最近、ブレンデル『巡礼の年』(DVD)を買ってみて、そうとは決めつけないでもう少し聞き込んでみないと、と考え始めたころだった。ある専門家がベートーヴェンとリストはピアノの性能をとことん知り尽くしていたが故、2人の人生後期の名曲はピアニストにとって運指の運びが自然で弾きやすいのではないか、と語っていた。前者は同感。ベートーヴェン後期ソナタは、とてもリラックスして弾けると思う。自然で無理がない。吉田秀和氏は後期ソナタを「名人の筆」と言う。では、リストはどうなのか。ぼくにはまだ分からない。でも、この夜アファナシエフの演奏から得た感銘に素直に向き合いたいと思った。大好きなベートーヴェンはしばらく忘れて、リストを聞いてみようか。

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